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何かに例えようもない「なにものでもないなにか」をつくることは可能なのだろうか?という問いから制作は始まる。
既視感のある形体から逃れようとすればするほどに臓物的な表現に近づいていってしまう。それは、どんなに物質の外側から刺激を加えても内部には作用できず、地続きの「外側」を更新し続けているに過ぎないことへのジレンマ、そして自分が「生物」であることに由来している。
いつも視界の片隅で動き続けているような形体や、生命の気配を感じるものに人は目を奪われる。止まっていても「動くかもしれない」「変化するかもしれない」ものを注視せずにはいられない。そうして「なにか」を追いかけているうちに生物的な形体に辿り着き、一向に「なにか」に近づけないどころか見知った親しい形体に帰ってきてしまう。生物の概念そのものが変わることによって、または、地球上でこれから生まれうる生命体の環境条件から仮説を重ねていくことで、既存の形体から逃れられるだろうか。「なにものでもないなにか」を生めるだろうか。
その答えを性急に求めることは、ただ分からない苦しさから逃れることに等しい。いまは分からなさに抗うしか術がない。

一度欠けると元に戻らない石は不可逆性の象徴であり、打つことによって空間を生み出す真鍮は失われた体積を可視化するための媒体である。石と真鍮、反対の性質を持つ素材同士を組み合わせ、なにものでもない有機的な形態を生み出すことを目的に制作している。
この二つの素材を使い制作することは困難であり、どちらもどう扱ったかが素直に作品に反映されてしまう素材である。目には見えない、存在するかも分からないものをつくるためには、つくる側の意思を明確にできる素材が必要である。曖昧さのない抽象形体を目指している。

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